「赤いセーターは知っていた」

赤いセーター 少女 

この赤いセーターは昔私が編み物を始めたばかりの頃に自分用に
編んだもの。いつのまにか娘も着れるようになって、、
というのは今回の話題と・・ほとんど関係ありません。

今回はそういう軽い話ではなくて、こちらの本は
「Le pull-over rouge  赤いセーターは知っていた (邦題)」という、
フランス最後の死刑囚とその裁判模様、冤罪の可能性を探った
ノンフィクションです。(死刑執行の2年後に発刊されました。)

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母の今夏の課題図書ということで選んだのですが、、、重いです。
1972年にクリスチャン・ラニュッチ(Christian Ranucci)という22歳の
フランス人青年が幼女誘拐殺人の罪でギロチンで処刑されました。

8歳の女の子が自宅近くから行方不明になり、別件の交通事故で警察に
追われていたラニュッチが捜査対象に浮かびました。
連行されたラニュッチは執拗な尋問により罪を認めてしまいます。

少女が「ある男」に誘われて消えた現場には少女の弟も居あわせています。
弟は、ラニュッチの車は姉を連れ去った男の車とは車種も色も違うと証言。
また犯行現場に残された「赤いセーター」そのサイズは明らかにラニュッチ
の体には大きすぎる物でした。

ラニュッチによる自白撤回、再審要求にもかかわらず世間の幼児誘拐事件
への激しい嫌悪などにより、死刑執行は異例の速さで進められます。

その後にも議論となった、証言の辻褄の合わなさ、立証の不確かさ、
真犯人らしき人物の出現など、冤罪を疑う説が盛んに検証され、フランスを
揺るがすスキャンダルになりました。
そしてこの動きは死刑廃止論へと繋がっていきます。(1981年廃止。)

日本語の翻訳版も1995年に出ていますね、タイトルはそのままで。

最後に幼児誘拐についてですが、フランスでは子供の誘拐は身近な問題です。
私たちの住む地域はかなり治安の良いほうですが、親たちの緊張感は日本社会
から見たらかなりのものと見えるでしょう。
子供への監視は厳しく、小学生の登下校には必ず保護者(監視者)がつくこと
を条件にしている小学校が多いです。
自分の子供たちは微妙な年齢なのですが、とりあえず一人で外出、留守番は
させないと決めています。
(中学生以上となると各家庭により考え方が違います。)

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