処刑地の跡 パリ : 東京

コンコルド広場 オベリスクとエッフェル塔 ジュドポームの前のテラスより

今年7月の曇り空のコンコルド広場。ジュドポーム美術館前の一段高くなったテラスからオベリスクとエッフェル塔を並べて撮りました。

今さらな説明ですが、フランス革命中はルイ16世、マリーアントワネットをはじめ、多くの人々がギロチンにかけられ処刑された場所です。
世界一有名な処刑地跡かもしれません、今はこんなに華やかですけれど。

パリのギロチンは他にもいろいろな場所に設置されていたそうで(例、パリ市庁舎前、ルーヴル宮殿庭など)

パリ11区 ギロチンの設置跡 道路に5つの基礎板が残る

こちらは11区の路上に残るギロチン台の設置跡、5つの基礎板が残っています。現存する最後のもの、ということです。
脇は路駐用の場所ですが、車がそのひとつに乗ってしまっているし、、
ずい分前に撮ったのですが、気がのらず開けていなかった写真です。

パリの歴史解説版 11区のギロチンの設置跡 刑務所跡の歴史の説明

パリの歴史の要所要所で見かけるこの↑解説版もありました。
要約すると、1836年に建てられた刑務所↓↓には死刑囚と終身刑囚が収監されていて1851年にギロチンが設置された。それから1899年までの間に200名以上の囚人が処刑され、中には無政府主義者のヴァイヤンとアンリも含まれた。刑務所は1900年に閉鎖された。

パリ11区の刑務所跡 玄関ポーチが残る 1900年に閉鎖 前にギロチンの基礎版の跡が残る

こちらがすぐその前にあった刑務所跡、玄関ポーチが残されています。今は公園に。

フランスの、いえ世界の最後のギロチン刑は1977年にマルセイユで。27歳のチュニジア人男性が殺人の罪で処刑されました。たった40年ほど前ですか、。
フランスは1981年に死刑を廃止しましたが、そのへんの事を過去記事で書きました、 
→ 「赤いセーターは知っていた」

東京 品川 鈴ヶ森刑場遺跡 東京都史跡 

こちらは去年品川に滞在した時にうかがった、あの鈴ヶ森刑場遺跡です。

鈴ヶ森刑場遺跡 大経寺 慰霊

大経寺の境内にあり、供養塔が、

東京 品川 鈴ヶ森刑場遺跡 大経寺 戒めの言葉

最初にまず怒られ、切なくなり、

東京 鈴ヶ森刑場遺跡 火炎台の説明板

説明板だけ撮ってまいりました、下には磔の石台が残されておりました。

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