カルナック巨石群 (ブルターニュ)

紀元前3000年前の巨石文化 メンヒルの列 Carnac Bretagne

ちょっと前にフランス南部の先史時代の巨石文化 メンヒルの里を訪ねましたが、その直後方角を変え、フランス北西部ブルターニュにも「巨石」を追いかけて行って参りました。(ちょっと疲れました、)
こちらは今さら説明するまでもない、あのカルナックの列石遺跡であります。
ついに来ました、長年の夢でありましたので嬉しくて。

紀元前3000年前の巨石文化 メンヒル Carnac Bretagne

紀元前3000年ほど前、この地に住む人々は何を思ったのでしょう、こんなとんでもない重量の石を運んでは立ち上げ、運んでは立ち上げ、その数は2800個ほどを数えます。

紀元前3000年前の巨石文化 メンヒルの列石 Carnac Bretagne

4㎞くらい続くんですよ、この石の行進が。

紀元前3000年前の巨石文化 メンヒルの列石 Carnac Bretagne

今は列石を保護するために柵で囲まれております。(一部にガイドツアーで入場可。)

紀元前3000年前の巨石文化 カルナックのドルメン Carnac Bretagne

列石の中にドルメン発見(古墳墓)。ドルメンについては過去記事に書きましたのでこちらをどうぞ。 ご近所のドルメン 巨石墓遺跡

紀元前3000年前の巨石文化 ドルメン カルナック Carnac Bretagne

内側をちょっと覗いて。

紀元前3000年前の巨石文化  庭の垣根になっているメンヒル Carnac Bretagne

列石のご近所の家なのですが、メンヒルがそのまま塀に。

紀元前3000年前の巨石文化 メンヒル 密集地 クレープレストラン

こちらは列石の中央近く、巨石が密接している部分なのですが、これはおそらく入口なり表口といった場所だったのでは、と言われています。メンヒルはドルメンと違ってまだまだ謎が多いので断定は出来ないそうですが。
ここで面白いなと思ったのは、奥に見えるのはクレープレストランです。クレープ(ソバ粉)はブルターニュの名物料理。
実はこの巨石が並べられた紀元前3000年前もこの場所には必ずや「食べ物屋」があったんじゃないかと勝手に推測、表口ですしね。
お・そ・ら・く世界最古の店舗です、今も現役という点で、笑。

紀元前3000年前の巨石文化 四角く並んだメンヒル Carnac Bretagne

少し奥に入りますと、形を変えた列石遺跡があります、これは何の会場だったのかしら、今となってはわかりようがないことも多いです。

巨大メンヒル 6メートル 小さな少女二人が手で囲む Carnac Bretagne

こーんな大きなメンヒルも、6mあります。 Merci pour les petites filles!

巨石文化 古代古墳 4500年前の古墳

また脇道に、何やら案内板などがあるのですが、保護されているわけではない遺跡があるらしく、、

4500年前の古墳 Tumulus de Kercado Carnac Bretagne

はい、Tumulus de Kercado ケルカド古墳と呼ばれる古代のお墓です。
こちらとドルメンの違いなんですが、この土と石に盛られた中に巨石で組まれた「ドルメン」があるのです。
もともとドルメンはこのように覆われていました。年月とともに巨石のみが剥き出しになったものがドルメンで、運よく外側の覆いが残されたものが Tumulus チュムリュス と呼ばれる古墳という、あれややこしいですね。
この古墳は1920年代に発掘され、その際に多数の宝飾品や埋葬品と骨の一部が発見されました。特権階級のものだったのですね。綿密な解析の結果、およそ4500年以上前の物であろうと(紀元前でなく)。てっぺんにメンヒルが一基乗っています。

4500年前の古墳 Tumulus de Kercado Carnac Bretagne 内部

内部はこんなかんじで、ライトが数分間だけ付くようになっていて自由に入れます。でもけっこう怖かった、オットが入りたがらないので→「お墓じゃん。」一人でコワゴワ。奥まで6.5mあります。

ケルカド古墳を環状に囲むメンヒル Tumulus de Kercado 4500年前の古墳 Carnac Bretagne

古墳を囲んでメンヒルが環状に並んでいます。

4500年前の古墳 環状に囲むメンヒル Tumulus de Kercado Carnac Bretagne

ひとつにそっと触らせてもらい、、4500年前ですよ、4500年!

紀元前3000年前のメンヒル列石 遺跡 Carnac bretagne

メンヒルは描き込まれた図や模様といった物がほとんどなく、今も謎が多い遺跡なのですが、この地方には「この列石は、ここに進軍してきたローマ兵をこの地の聖人の一人が石に変えてしまったのだ。」という伝説があるそうです。なんだかこの話が一番すっきり腑に落ちるかな、と思ってしまいました。
(はい、それでFAで。)


フィリップⅡ世王のパリ城壁 右岸編

パリ城壁遺跡 シャルルマーニュ高校の壁 崩れかけた塔

前回のフィリップⅡ世王のパリ城壁 左岸編に続きましてパリ右岸であります。
こちらはガイドブックでもよく見かけるシャルルマーニュ高校の校舎の一部となっている城壁です。おそらくパリに現存する壁のなかでは一番大きいものかと。
( Rue Charlemagne 4区 ) 球技場が出来て、ちょっと見通しが悪くなりましたが仕方ないですね。

パリ城壁遺跡 シャルルマーニュ高校 崩れかけた塔

塔が欠けながらも保存されています。(処置はされていると思います。)
「オレの高校の壁、12世紀の城壁なんだぜー!」
今どきの高校生がこんなこと・・言わないわね。

18世紀のパリ城壁の地図 白黒 

こちらも前回に引き続き、18世紀に描かれた城壁の図に印を付けました、ちょっと申し訳ないですが。正確さには自信がありません。(参考Wikipedia)

パリ城壁の塔の遺跡 ロジエ通り ロジエ公園内

こちらはマレ地区にあるロジエ庭園 Jardin des rosiersに残る塔の遺跡です。
以前はお屋敷の一部に(ダイニングルーム)使われていたそうですが、その後また「遺跡」に出戻ったような形でしょうか。この庭園はアパートの中庭なのですが自由に入ることができますし、広くてベンチもたくさん置いてあるのでちょっと静かに休憩を、という時にどうぞ。お昼時は表通りのファラフェルサンド(マレ地区)を買ってこちらで食べている人が大勢います。

パリ城壁の塔の遺跡 パリ信用金庫中庭 タワーの基礎部

こちらはフランブルジョワ通り( Rue des francs-bourgeois 4区)にあるパリ信用金庫( Credit municipal )の中庭にあるタワー。その基礎部分(クリーム色の部分)がフィリップ王の城壁の塔であります。表の入口には警備員の方々が、、「塔を写真に撮りたいんですけど、」というと中に通してもらえました。左下地表に二本の線が見えます、これが壁の跡だそうです。

パリ城壁の塔の遺跡 パリ信用金庫中庭 タワーの基礎部

パリ城壁の遺跡 パリユダヤ歴史博物館 中庭 ドレフュス大尉の像

こちらはタンプル通りにある「ユダヤ歴史博物館 Musée d’art et d’histoire du Judaïsme」の中庭です。(もともとは1644年に建てられたオテル・ドゥ・サン・テニャン Hôtel de Saint-Aignanという建物。)この写真に写る壁面がかつての壁、この建物にあわせて改修装飾済みで元の姿は見えないのですけれど。
前の銅像は世界史に出てくる有名な冤罪事件「ドレフュス事件」のドレフュス大尉(ユダヤ系フランス人)です。

パリユダヤ歴史博物館 ユダヤ人迫害の歴史 資料 ダビデの星のバッジを付けた人々の写真

ユダヤ歴史博物館ではヨーロッパでのユダヤ人についての詳細な資料を閲覧できます。

パリユダヤ歴史博物館 ユダヤ教聖書を保管するトーラー

ユダヤ教の聖書トーラーを収めるケース。礼拝に使う様々な聖具の華麗さが印象に残ります。

パリユダヤ歴史博物館 モディリアニ 肖像画 Lolotte

館内、モディリアニの Lolotte 嬢 の視線が熱い、と自撮り記念。

パリ 現在のサンマルタン門

こちらはサンマルタン門 La porte de Saint Martin です。じつはこの現在の門は17世紀に造られたもの。フィリップ王の城壁にもサンマルタン門はあったのですが、今の門よりもずっと南(同じ路上)に位置しておりました。ですが、当時の雰囲気を見ていただけるようにと載せますね。道の角を曲がったらいきなりどーんと大きな門、最初に見た時はびっくりしました。

パリ 現在のサンドニ門

こちらは現在のサンドニ門 La porte de Saint-Denis、17世紀の建設です。フィリップ王のサンドニ門も今のものよりずっと南側(同じ通り)に建っていました。
この地区は午後の終わりくらいからかなり怪しい雰囲気になりますので、女性の一人歩きはおすすめ出来ません。

パリ サンジャンドラプールの塔

サンジャンドラプール Saint Jean de la peur の塔です。(Rue Etienne Marcel)
この塔の土台がフィリップ王の城壁で、中はミュージアムになっています。今回は入れませんでしたが、↓↓

パリ サンジャンドラプールの塔 フィリップ王の城壁と塔の説明プレート

塔の仕組みと城壁を説明するプレート。

パリ ルーヴル通り パリ城壁の塔の遺跡

こちらはルーヴル通りにある塔の遺跡、かなり目立ちます、ただ色もすすけたままになっていて少し不気味です。これがフィリップ王の塔だと知っている人は実は少ないのかもしれません。写真を見せるとあ、あそこだ、とみんな解るんですけどね。

パリ ルーヴル通りの城壁の塔の遺跡

下からあおって、

ルーヴル宮殿 クールカレ 要塞城時代の古井戸 

フランスの記事をいろいろ読み込んでいたら、ルーヴル宮の後方のクールカレ Cour carré ピラミッド側でなくその後ろの中庭に要塞城時代の古井戸が残されていると。
あれ?そんなのあったかしら・・と見に行ってきました、、、あ、ありました! なかなか気が付けないものですね。

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奇岩高原 (フランス中央高地)

monpellier le vieux 奇岩の連なる山

ちょっと時空を飛びますが、この8月に行った先史時代の巨石文化 メンヒルの里の旅の続きです。
フランス南部にある中央高地( Massif central ) の中にある奇岩の連なる高原地帯
Monpellier le vieux モンペリエ・ル・ヴュウに行って参りました。

monpellier le vieux 壁のように連なる奇岩 モンペリエルヴュウ

2億年前のこの辺は熱帯の海底で、サンゴなどの堆積物が固まって石灰岩を作っていったのですが、地殻変動によりピレネーやアルプスが盛り上がっていくと同時にこの辺りも地表に押し上げられました。石灰岩は柔らかいために水(河川など)に侵食されやすく、今現在はこんな状態に。(標高800m~1000m)

モンペリエルヴュウ monpellier le vieux 侵食された奇岩

モンペリエルヴュウ monpellier le vieux 蛙の形の奇岩

ある形に見える岩もあり、当然名前などもつくわけでして、これはいわずもがな。

モンペリエルヴュウ 鷲の形の奇岩 monpellier le vieux

これはライオンだったかしら、鷲だったかしら・・

monpellier le vieux モンペリエルヴュウ 侵食された奇岩

モンペリエルヴュウ 侵食された奇岩

ここ一帯はアヴェイロン県の管理公園としてハイキングコースも整備されています。アップダウンも少なく、コースの長さもレベル別に分かれているので気軽に歩けます。靴もスニーカー以上で大丈夫、ワンピースをたくし上げてワシワシと歩く私。

モンペリエルヴュウ 木の根が這うハイキングコース monpellier le vieux

でもこんなかんじの所もありますので。

monpellier le vieux モンペリエルヴュウ 奇岩

モンペリエルヴュウ 奇岩 monpellier le vieux

la grotte d'aven armand  アヴェンアルマン鍾乳洞窟 モンペリエルヴュウ

石灰岩といえば鍾乳洞窟、有名どころが複数個所ありますよ。
今回潜ったのは アヴェンアルマン鍾乳洞窟 地下100m、パリのノートルダム寺院がすっぽり入るほどの大空洞に数百本の鍾乳石の列柱が連なります。

モンペリエルヴュウ 奇岩の続く山脈 monpellier le vieux

monpellier le vieux モンペリエルヴュウ 奇岩の続く山

モンペリエルヴュウ 奇岩の続く山 monpellier le vieux