美術館で出会うAsiaの神様仏様 ギメ東洋美術館

ギメ東洋美術館 高麗時代の千手観音像 朝鮮半島

「ギメ東洋美術館」へ久しぶりに行ってまいりました。(20年ぶり!)
この美術館はもともと、フランスの実業家ギメ氏 (Èmile Guimet)の東洋美術コレクションから始まり、アジアの美しい神仏像が多数展示されています。
上の像はは10~11世紀、高麗時代の朝鮮半島で作られた千手観音像。
こういったライティングの中で見る仏様というのも不思議と言えば不思議で、ちょっと違和感が残りますね、正直。

ギメ東洋美術館 18世紀チベット 踊るダキニ像 後ろ姿

およそ18世紀のチベットの「踊る荼枳尼・ダキニ」。大層サディスティックな女性神だそうです、、が、後ろ姿が美しい。

ギメ東洋美術館 地上階 展示室 インドシナ

展示はこんなかんじで、地域・国別にまとまっています。地上階入ってインドシナの展示が続きます。

ギメ東洋美術館 仏像の頭部

ギメ東洋美術館 18~19世紀 ベトナムの千手観音像

18~19世紀ベトナムの千手観音像。

ギメ東洋美術館 踊る女神像 4体

16~17世紀ネパールのヒンドゥー教のバイラヴァ神のマスク

16~17世紀ネパールのヒンドゥー教のバイラヴァ神のマスク。

ギメ東洋美術館 吹き抜けの巨大仏陀の頭部 仏陀座像

ギメ東洋美術館 中国の展示室 仏像

こちらは中国の展示室にて、日本人に馴染みの深いお顔立ちの仏像が増えてきます。

ギメ東洋美術館 アジアの宗教関連の書庫 7体の雲に乗る仏像

東洋の宗教関連の書庫です。

ギメ東洋美術館 書庫 日本の11世紀 藤原の時代の仏像

日本の11世紀、藤原の時代の仏さま。

ギメ東洋美術館 アジア宗教関連の書庫 本棚 金網の防護

2階には上がれず、下段は防護厚く、

ギメ東洋美術館 日本の展示室 江戸時代の能面

ソワソワと日本の展示室へ。展示品は多くセレクトも秀逸、よくもまあこれだけの品々を・・とため息が出ます。
江戸時代の能面です。後ろに構えるのはオットですが、こういう系統の「顔だち」には慣れているはずなのに、「ホラー並みに怖い、」

ギメ東洋美術館 日本の展示室 能面

ギメ東洋美術館 日本の展示室 能面

ギメ東洋美術館 能面の裏側 増阿弥作

増阿弥(ぞうあみ)、室町時代の能役者の第一人者だったそうで、

ギメ東洋美術館 桃山・江戸時代の南蛮漆器 様櫃

桃山時代と江戸時代の南蛮漆器の洋櫃(ようびつ)。
この前飛行機の中で見た映画「沈黙」(マーティン・スコセッシ・監督、遠藤周作・原作)はこの桃山時代のポルトガル人来日の話なんだなあ、と思い出し。
頑張って子供と一緒に勉強しなければ、日本史を。(記憶は儚いものなり。)

ギメ東洋美術館 日本の展示室 武士の甲冑

これは甲冑の胸当ての部分なんですが、説明書きを撮り忘れて詳細がわかりません。細工が独特で美しくてぼーっとしてしまいまして。

ギメ東洋美術館 埴輪 日本の展示室

遠い異国で何を思ふ。

ギメ東洋美術館 パリ


パリの廃線 La petite ceinture

パリの環状廃線 15区 公園 行き止まり

昔、パリ市の周りを環状の鉄道路線が走っていました。
開業は1852年、拡張を繰り返し、貨物列車の運行、メトロとの競合などを経て廃業は1990年。

パリの廃線 環状路線 15区 落書き

以後、一部は公園となり一部は立ち入り禁止のまま。こちらは15区のウォーキングコースになっている公園です。

パリの昔の環状線 枕木 雑草

パリの昔の環状線 レール 雑草

パリの昔の環状線 レール 枕木

パリの昔の廃線 ビルに囲まれて レール

パリの昔の廃線 半分に切られたビル

ここは有名な写真ポイント。
施設時の交渉の末、こうなりました・・みたいな。

パリの昔の廃線 廃駅 colors-france.ccom

廃駅が見えてきました。

パリの昔の廃線 廃駅 colors-france.com

パリの昔の廃線 閉鎖されたトンネル colors-france.com

パリの昔の廃線 閉鎖されたトンネル 金網の向こう 工事道具 colors-france.com

金網にレンズを差し込んで、

パリの昔の廃線 トンネルを抜けたところ colors-france.com

閉鎖されたトンネルを抜けた場所です。

colors-france.com パリの昔の廃線 路線図のパネル

路線図のパネル。セーヌ川と真ん中のシテ島からだいたいの規模が解ります。
今回歩いたのは緑色の線の部分、15区です。
ほとんどの場所が立ち入り禁止なのですが(罰金もあり。)webで探すとけっこう写真が出てきますね、ちょっと挑戦してみようかな、、さて、いややっぱりね。

パリの昔の廃線 立ち入り禁止 2本の線が交差 colors-france.com


遺跡の島 (モルビアン湾 ブルターニュ)

Morbihan湾 ガヴリニ島 エルランニック島 Gavrinis Er Lannic

前回のカルナック巨石群(ブルターニュ)の旅の続きです。
カルナックから車で30分のモルビアン湾(Morbihan)でまたまた遺跡を探します。
湾内には大小の島がたくさんあるのですが、上の写真は古墳のあるガヴリニ島から環状のメンヒルのあるエルランニック島を眺めた写真。ともに無人島です。
(メンヒルについての説明は 先史時代の巨石文化 メンヒルの里、過去記事です。)

Morbihan湾 湾内 カラフルなボートたち

モルビアン湾、穏やかな海でのマリンスポーツも盛ん、ヴァカンス地としても人気です。そしてブルターニュには古代巨石文化の遺跡、6000のメンヒルと1000のドルメンが現存しており、遺跡巡りも楽しい地でありまして、
(ドルメンについての説明は ご近所のドルメン 巨石墓遺跡、過去記事です。)

Morbihan湾 船で各島へ行く

この日は一番楽しみにしていたガヴリニ島の古墳 (Cairn de Gavrinis)へ向かうことに。
湾内の港からすぐそこ、中央に見える小島がガヴリニ島であります。迎えの船がやってきました、さて乗り込みます。(ガイドツアーのみ、一時間半。)

ガヴリニ島 湾内の潮の流れ Gavrinis

あっという間についてしまいました、小高い丘ひとつといった風情の小島です。

ガヴリニ古墳 Cairn de Gavrinis

入口の小屋のロッカーに手荷物を全部預け、これは遺跡を傷つけないためなのですが、カメラももちろんダメ、しかし携帯電話だけはOKと。
島の中央、ガヴリニ古墳全容です。建設は紀元前3500年前、エジプトのピラミッドよりも古いです。同時代の他の古墳と同じく特権階級のお墓でありました。
右側の小石による「覆い」のみ後世に修復されまして、後部の盛りはオリジナルです。

ガヴリニ島 ガヴリニ古墳 ガイドさん

前面、そして入口、そして我らのガイドさん。

さて入口から入ります。写真は撮れませんでしたので、モルビアンTourist officeから画像をお借りしました。
奥行きは14m、23枚の壁の石、9枚のテーブル状の石が天井を覆っています。(石の部分がドルメンというわけです。)このドルメンの特徴はご覧の通りの繊細な紋様が彫り込まれていること。(石、超固いですよ、)
冬至の日にはこの入口から太陽の光がまっすぐに奥まで差し込みます。太陽信仰ですね。

指の指紋のような、、あと明確に形状の解るデッサンが3つありました、斧、蛇、弓。
けっこう戦闘的、権力的なイメージです。
こちらの画像はカルナックTourist officeからお借りしました。

こちらでガイドさんから興味深いお話が・・
ドルメンもメンヒルも今から解明できることはもうない、と思われていたのですが、科学の更なる発達により再調査が進んでいるとのこと。それはデジタル技術によるもの、石に彫り込まれたデッサンを細密にデジタル画像(3D)に残し解析中、デッサンを彫り込んだ人が右利き左利き? 筆跡の僅かな違いから何人の職人がいたのか? さらに謎の線描が何のイメージを模したものなのか?(グーグル画像検索の最上位仕様・・?)、こういったことがおそらく解りそう、もう少しお待ちください、ということです。楽しみです。

ガブリニ島より エルランニック島を眺める 

満潮時、右より外湾から激しい潮の流れが入ります、それに逆らって多数のボートが果敢に挑戦しますが全然進めない・・。ゆえこの向かいのエルランニック(Er Lannic)島にはアクセスが大変難しく。こちらの島には環状と半円状のメンヒルが残されています。
行きたいんですけど・・
この古代遺跡が造られた当時この湾は陸地で、島々は丘であったということです。

エルランニック島 満潮に沈むメンヒル Er Lannic

船上で去り際に向いのエルランニック島(Er Lannic)を望遠レンズで。
左側に見える列石は、満潮の流れに沈みゆくメンヒルです。

ベルデ島 干潮時 潮の流れ Berder island

こちらも湾内のベルデ島 (Île Berder)、 個人所有の島ですが自由に入れます、しかし、、干潮の数時間の間だけなのですが。

ベルデ島 干潮時 道が出現 Berder island

しばらく待って道が出来ました。潮の満ち引き時間の案内板が出ています。
時間を間違え島に取り残された場合は船を呼びますが、けっこうな金額がかかるとか。

ベルデ島 夕暮れ モルビアン湾 Berder island

ベルデ島からの夕日、シルエットはオット。

モルビアン湾の夕暮れ 船の群れ Morbihan

日の暮れたモルビアン湾。