激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 colors-france.com la pointe du Hoc nikonD800  岬と大西洋

ノルマンディー上陸作戦を巡る旅、今回はこの更新で終わりになります。

オマハビーチとユタビーチの中間に高さ30mの絶壁の続く岬があります。
名前はLa pointe du Hoc、ラポワントデュオック。

その先端にはナチスドイツ軍の屈強な要塞と砲台陣地が築かれていました。
6基の大砲は海岸近くの艦隊を迎撃可能、ゆえ上陸作戦の前に無力化して
おかなければならなかった要地です。
そのミッションのために連合国レンジャー隊225兵が組まれ、同日の早朝、
オマハビーチ隊よりも30分早く奇襲攻撃を開始しました。

各ビーチの上陸作戦開始までに大砲を破壊する
という厳しい時間制限付きのミッションです。
上陸艇から浜におり、ロープを張って崖をよじ登りながら死闘を繰り広げ、

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 colors-france.com nikonD800 la pointe du Hoc オック岬への空爆の写真

その前に連合国戦闘機が陣地に空爆を行ったのですが効果は薄く、
(右側の写真のポコッと突き出た部分が一番上の写真のポイント)

実はそれ以前、ドイツ軍は大砲を内陸部に移動させて隠しており、つまり
「大砲を破壊する」という第一ミッションは意味がなかった・・・のです。
(連合本部は知っていましたが、連絡が伝わらなかった、、、え?)

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 ナチスドイツ軍のシェルター入口 colors-france.com la pointe du Hoc nikonD800

空爆によって地面はボコボコの穴だらけ、↑↓
ドイツ兵はシェルターから、連合国兵は空爆で出来た穴から銃口を向け合った死地。
シェルターの入口を覗き、

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 colors-france.com nikonD800 la pointe du Hoc 空爆の後のクレーター

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 ナチスドイツ軍の砲台跡 colors-france.com la pointe du Hoc nikonD800

6基の大砲の台座跡のひとつ。
上陸時、すでに大砲は内地1km奥まで移動していて、ここはカラだったわけで、
上にはカモフラージュの網がかかっていたそうです。
ちょうど修学旅行の高校生グループと一緒になりました。

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 colors-france.com la pointe du Hoc nikonD800 ナチスドイツ軍のバンカー

バンカーも多数残されています。補強済みで中に入れます。

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 ナチスドイツ軍のバンカー開口部 colors-france.com la pointe du Hoc NikonD800

岬先端のバンカー、ドイツ兵が機関銃を構えた開口部です。上の塔は記念碑。
この岬の上陸40周年記念式典には当時のレーガン大統領が参列しました。

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 colors-france.com la pointe du Hoc nikonD800 ナチスドイツ軍のバンカーと大砲 ナチス将校の写真

写真:分厚いコンクリートのバンカーの中の大砲、左はナチス将校。

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 ナチスドイツ軍のバンカー colors-france.com la pointes du Hoc nikonD800

そして今残る残骸。

激戦のホック岬 ノルマンディー上陸作戦 colors-france.com la pointe du Hoc nikonD800 ホック岬と大西洋

激戦により作戦が40分遅れ、すべての援軍は進路をオマハビーチに変えてしまい(予定の一つ)、戦況は悲愴で犠牲者は増える一方、225名のレンジャー隊のうち戦闘可能な兵は100名を割り、、
しかし戦闘開始から48時間後に制圧に成功し(援軍も補給も無いままで)、隠されていた大砲も破壊しています。

youtubeに映画「史上最大の作戦」ホック岬の戦闘シーンがアップされていました。
撮影の一部は現地で行われたようですね。

インスタグラムにもご訪問くださいませ。
instagram merumo.colors

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