ギマールのシナゴーグ ユダヤ人街

パリ ユダヤ人街 ギマール設計のシナゴーグ

2つ前のメトロの話の中で少し触れましたアールヌーヴォーの建築家 エクトール・ギマール、パリのマレ地区、ユダヤ人街には彼が建設したシナゴーグがありまして、こちらが写真です。1914年の建造。

パリ ユダヤ人街 ギマール設計のシナゴーグ

上部、通りが狭いので全景が50mmレンズに入りませんでした。

20世紀に入ってから東ヨーロッパよりのユダヤ人の移民が増加し、新しいシナゴーグが必要となったため、ユダヤ人会の総代がギマールに依頼した建物です。
その後ギマールは総代の姪と結婚します。

パリ ユダヤ人街 ギマール設計のシナゴーグ

入口が開いているのは見たことがないです、手続きをふめば見学は・・出来るのでしょうか??

1941年には民族迫害勢力により爆破されるという事件がありました。ギマールは1942年にニューヨークで亡くなったのですが、ユダヤ系アメリカ人の奥様と共にアメリカに避難(亡命)中だったとのこと。

近くにユダヤ教とユダヤ関連全般の本屋さん。

子供向けの本も充実しています。この近くの ショア記念館 ホロコーストの記憶 にも大きな専門の本屋が入っています。

こちらは近くの幼稚園と小学校の校舎で、昔から宗教には関係のない公立学校なのですが、さすがにユダヤ人の子供たちが多かったため、

パリ ユダヤ人街 学校のプレート ナチスに連行された児童の記録

ナチスにより、この学校から260人のユダヤ人の子供たちが連行された、と。
この地区の建物にはこのようなプレートをよく見かけます。
連行された住民の名前や年齢、没した場所(アウシュビッツであるとか)など詳しく書いてあるものも多いです。

パリ マレ地区 シナゴーグ

もう少し北の方にあるシナゴーグ前を通りかかった時の写真ですが、入口はコード(数字)で守られていました。少し下がるとダビデの星が上に見えますが、そうでないと何の建物か気が付けません。youtubeに華やかな内部の映像が公開されていますが、見学などお願いしていいものか、ちょっと迷います。

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