古代円形闘技場 in Paris

古代ローマ時代 アリーナ 

「パリにローマ時代のアリーナ(円形闘技場)が残ってるって知ってた?」
「えっ、そんなのあったっけ?どこ?」私とオットの会話です。

パリ 古代ローマ時代 アリーナ プラスモンジュ駅

さっそくカメラを掴んで行ってまいりました。
場所はパリ5区プラスモンジュ駅  Place Monge(上写真 Rue de Navarre 側出口)、
その真後ろにあります。

ARENES DE LUTECE 古代ローマ時代 アリーナ 説明板

Arènes de Lutèce  アレーヌドリュテス。
リュテスとは古代ローマ時代に使われた現在のパリの地名です。(Lutetia ラテン語)
ローマ帝国はヨーロッパ中を侵略しながら、配下にした町々に円形の闘技場を造っていきました。
フランス国内にもボロボロに崩れたアリーナの廃墟がたくさん残っています、大きな街にはたいていあるんじゃないかしら、というほどに。
このパリのアリーナは一世紀に造られたもの。おそらくパリで現存する一番古い建造物ではないかと。(コンコルドのオベリスクは?)

古代ローマ時代 アリーナ 外の通りとの通路

外通りからの通路、

古代ローマ時代 アリーナ パリ

円形の底の部分が剣闘士が戦ったであろうステージです。(ゆるく楕円形。)
当時のローマ人の血生臭い娯楽の映像は Ridley Scott監督の映画 Gladiatorでどうぞ。

古代ローマ時代 アリーナ 音響壁土台

この四角い部分はかつては十数メートルの高さを持つ壁の土台で、音響装置としての働きもあったようです。音楽や演劇俳優の声、観客の歓声が反射増幅するようになっていたとか。

古代ローマ時代 アリーナ アパート群に占領された一角

その音響壁の反対側はアパート群に押しつぶされて、

古代ローマ時代 アリーナ ペタンクに興じる男性陣

かつての剣闘士のかわりにペタンク(鉄球を使ったゲーム)に興じる男性陣。
ここは公園として一般開放されています。

古代ローマ時代 アリーナ 猛獣の檻 歴史見学ツアーの学生 観客席

かつての観客席に座る子供たち、夏休みの歴史ツアーグループのようです。
左下の四角い穴は、かつて猛獣を待機させていた檻と言われています。
鉄格子がカシャッと開いて剣闘士との血沸き肉躍る戦いが始まったわけですね、
ローマ人ってね、、
観客席はもっと高くまで築かれていたのですが、ほとんどが崩れ落ち、または破壊されて今見える部分は下の部分のみ、チケット高めのお席だったかな。
収容人数は軽く一万人を超えていただろう、ということです。

rue des arenes 古代ローマ時代 アリーナ 脇の道路名

この遺跡が発掘されたのは19世紀、地名として Arènes が残ってはいましたが姿は見えず、街の建築工事の際に発見され、発掘を求める人々の努力により(揉めたそうです、)現在もこうして大切に保存されています。


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