歯車好きの皆さまへ Musée des arts et métiers

19世紀 新聞の輪転印刷機 歯車

タイトルが奇妙でありますが、今回はただひたすらに精巧美の世界をお楽しみください、ということで。
「パリ工芸博物館」フランス国立工芸院(エンジニア校)付属ミュージアム。
ヴィジュアルの洗練度の高さで言えばパリ有数の博物館と思います。
上の写真は19世紀の輪転印刷機の一部、新聞の発行部数を飛躍的に伸ばしたそう。でもそういう解説は二の次に見惚れてしまう美しさです。

パリ工芸博物館入口 

入口です。世界初の飛行機・テレビ・オートバスなどがありますよ、と。
世界のテクノロジーとサイエンスの発明品・歴史物を収蔵する博物館です。

パリ工芸博物館 クレマンアデールの飛行機

こちらはフランスの技術師クレマン・アデールが造った飛行機 1891年。
ライト兄弟がガソリンエンジン付きの飛行機での飛行に成功したのが1903年ということなので、それよりもはやく製造されたわけですが(蒸気機関)、飛行したという事実はどうもはっきりしないようです。

パリ工芸博物館 機械仕掛けの地球儀

以下は説明は省きつつ、、
実際にすべての製品の仕組みなどを理解しながら見るとしたら、一週間などでは全然足りず、一ヶ月でも難しいかもしれません。その前に頭が暴発しそうですけれど。展示物は3000点以上あります。

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館 分銅

重さを測る分銅。

パリ工芸博物館 パスカルの計算機 1642

フランスの生んだ天才「パスカル」の6桁の計算機、1642年。

パリ工芸博物館

Copper colorにうっとりしてしまいます。
機能重視は当然としても、美しく造られたものです。

パリ工芸博物館

もうレンズをマクロに取り換えて舐めるように撮っていきました。
(全体写真が少なくてすみません)監視員の目線が背中に刺さる刺さる。

パリ工芸博物館

スティームパンクの世界ですね。地味な服を着てきたことが悔やまれました。
革の小物類でキメてくればよかった、、(痛くない範囲で、笑。)

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館

これは布を織りあげる機械です。歯車が美しくて。

近代化学の父ラヴォアジエの実験器具

近代化学の父と呼ばれるLavoisier (ラヴォアジエ 1743-1794)の化学実験装置のひとつ。フランス革命中にコンコルド広場でギロチンで処刑されたのですね。

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館 2連の蓄音機

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館 IBM初期のスーパーコンピューター 7030stretch

IBMの最初のスーパーコンピューター 7030STRETCH (1961) のスイッチ群。

パリ工芸博物館 ロシア製惑星探査機 LAMA 

ロシア製の惑星探査機 LAMA (1995)、車輪に惹かれます。宇宙には出なかった模様。

パリ工芸博物館 アップルコンピューター LISA2

こちらは Apple の初期のコンピューター LISAⅡ (1984)
LISAとはスティーヴジョブ氏のお嬢さんの名前だそう。
ちょっと余談です、実はこちらの機の寄贈者名を見て「あら友達だわ・・」
家族で参加している古いコンピューターとビデオゲームの保存協会の会長でありました。

アップル社 コンピューター LISA2 

後日協会事務所に行った時「アールエメティエでしょ?寄贈者名は協会の名前にして欲しいと言ったのに間違えられて。」
「LISAⅡまだもう一台あるよ。」と言われ倉庫を覗き夫とともに写り込みセルフィー。
今現在のオークション値段は3000USドルを下りません。

パリ工芸博物館 からくり時計

からくり人形時計も多数展示してあります、必見であります。

パリ工芸博物館

パリ工芸博物館 旧修道院 礼拝堂 展示室

建物は12世紀から続く教会の修道院であります。礼拝所のようですね。


古代円形闘技場 in Paris

古代ローマ時代 アリーナ 

「パリにローマ時代のアリーナ(円形闘技場)が残ってるって知ってた?」
「えっ、そんなのあったっけ?どこ?」私とオットの会話です。

パリ 古代ローマ時代 アリーナ プラスモンジュ駅

さっそくカメラを掴んで行ってまいりました。
場所はパリ5区プラスモンジュ駅  Place Monge(上写真 Rue de Navarre 側出口)、
その真後ろにあります。

ARENES DE LUTECE 古代ローマ時代 アリーナ 説明板

Arènes de Lutèce  アレーヌドリュテス。
リュテスとは古代ローマ時代に使われた現在のパリの地名です。(Lutetia ラテン語)
ローマ帝国はヨーロッパ中を侵略しながら、配下にした町々に円形の闘技場を造っていきました。
フランス国内にもボロボロに崩れたアリーナの廃墟がたくさん残っています、大きな街にはたいていあるんじゃないかしら、というほどに。
このパリのアリーナは一世紀に造られたもの。おそらくパリで現存する一番古い建造物ではないかと。(コンコルドのオベリスクは?)

古代ローマ時代 アリーナ 外の通りとの通路

外通りからの通路、

古代ローマ時代 アリーナ パリ

円形の底の部分が剣闘士が戦ったであろうステージです。(ゆるく楕円形。)
当時のローマ人の血生臭い娯楽の映像は Ridley Scott監督の映画 Gladiatorでどうぞ。

古代ローマ時代 アリーナ 音響壁土台

この四角い部分はかつては十数メートルの高さを持つ壁の土台で、音響装置としての働きもあったようです。音楽や演劇俳優の声、観客の歓声が反射増幅するようになっていたとか。

古代ローマ時代 アリーナ アパート群に占領された一角

その音響壁の反対側はアパート群に押しつぶされて、

古代ローマ時代 アリーナ ペタンクに興じる男性陣

かつての剣闘士のかわりにペタンク(鉄球を使ったゲーム)に興じる男性陣。
ここは公園として一般開放されています。

古代ローマ時代 アリーナ 猛獣の檻 歴史見学ツアーの学生 観客席

かつての観客席に座る子供たち、夏休みの歴史ツアーグループのようです。
左下の四角い穴は、かつて猛獣を待機させていた檻と言われています。
鉄格子がカシャッと開いて剣闘士との血沸き肉躍る戦いが始まったわけですね、
ローマ人ってね、、
観客席はもっと高くまで築かれていたのですが、ほとんどが崩れ落ち、または破壊されて今見える部分は下の部分のみ、チケット高めのお席だったかな。
収容人数は軽く一万人を超えていただろう、ということです。

rue des arenes 古代ローマ時代 アリーナ 脇の道路名

この遺跡が発掘されたのは19世紀、地名として Arènes が残ってはいましたが姿は見えず、街の建築工事の際に発見され、発掘を求める人々の努力により(揉めたそうです、)現在もこうして大切に保存されています。